かみこー 〜涼宮ハルヒの憂鬱がファンタジー作品だったら〜

かみちゅ!
涼宮ハルヒの憂鬱

「ねえ、あんた」
「なんだ?」
「あたし、神様になっちゃたみたい」
「そうか、それは尊敬に値するな。ん?」

 涼宮が話しかけてきたのは、うららかな五月の昼飯時だった。髪留めの一件以来、なんとなく会話するようになったものの、こいつから話しかけてくるとは珍しい、と思いながら、俺は適当に頷いて相づちを打ったのだが。

「……すまないが、もう一度いってもらえないだろうか」
「だから、あたし、神様になっちゃったみたいなのよ」
 ネタか? と聞こうかと思ったが、涼宮が窓の外にちらちらと目をやりつつも、時折俺に向けてくる目の不機嫌さからすると、どうやら本気らしかった。とはいっても、正直どこも変わったようには見えない。強いて言えば、いつもより体調はわるそうだ。熱でもあるのか、俺を見る視線が泳いでいる。
「前に聞こえたのと、変わってないような気がするが?」
「そりゃ、同じ事いってるんだから当たり前じゃない! 何度も同じことを言わせないでよ!」

 バン、と涼宮のヤツは机を叩く。気が短いヤツだ。だが、元々こいつは声がでかいので、クラスメートたちの視線が痛い。「なんでもないです。いつもの病気です。いつもの」と周囲に目で訴えつつ、涼宮を教室から連れ出す。
 とりあえず、人気のない屋上へ続く階段でいいだろう。俺は左右上下を確認した上で、階段に腰を下ろす。焼きそばパン片手に涼宮の話を聞くことにした。こいつの話をメシも食わずに聞くのは、時間の無駄であることはほぼ間違いないからだ。
 「じゃあ、話を聞こうか」涼宮が黙って手を出す。「ん?」「なにあんた一人でパン食べてるのよ」俺は予備にとっておいたあんパンに別れを告げることにした。ああ、一個百円の名も知らぬあんパンよ、さらば。おい、涼宮せめてもう少し味わって食え。女なんだから、一口で食うな。聞いてるか、おい。

「いつ、どーやって、『神様』とやらになったんだ?」
「昨日の夜。気がついたらなってた」
「……どうして、神様になったとわかるんだ?」
「分かるんだから、仕方ないじゃない」

「だいたい神様っていわれてもなあ。お前、何の神様なんだ?」
「それがわかんないから、あんたなんかに相談してるんでしょ!」

俺は、相談されてたのか。てっきりメシをたかられただけだと思ってたが。まあ、とにかく、涼宮。お前が非現実的なものに憧れる気持ちのはわからんでもない。まあ、さすがに神様ってのは、宇宙人からも未来人からも超能力者からもかなり離れてはいるが、自分がそうなったと思うのはお前の勝手だ。だけど、さすがになあ。

「もういいわよ! あんたなんかに期待あたしが間違ってたわ!」

涼宮はまた不機嫌な表情になると、立ち上がって階段を下りていく。その背中が、いつもより小さく見えて、俺は驚いた。冷静にみて、俺よりも、頭一個は小さい。いや、違う、そういうことじゃなくて、こいつの、こんなに小さかったか。おい、涼宮? 俺はうかつにも、声をかけそうになっていた。だが、そんな俺の中の葛藤とは全く無関係に。

「思いついたっ! 試してみればいいのよっ!」

と叫んで振り返った涼宮は、満面の笑みを浮かべていた。二段とばしで階段を駆け上った涼宮はぐい、と俺のネクタイを根本からひっぱりあげて、俺は気がつくと涼宮の顔を至近距離から見上げていた。
太陽のような、というよりは、赤道直下のジャングルのように爛々とした笑顔は、俺が入学以来、初めて見た涼宮の晴れ晴れとした笑顔だった。

「行くわよ、キョン!」
「行くって、どこへ?」
「そうねえ、とりあえず外ね。校庭か、ベランダ、屋上か…… 校庭は人が多いから却下ね。」

そして、気がついたときには俺は、涼宮に引きずられるように屋上への階段を上っていた。
これが、俺と涼宮ハルヒ……「神様で高校生」の奇妙な学園生活の始まりだった。