コマンド式コンピュータRPGを体系的に理解するための7作品

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最近若い人と話しても、ゲームの話が通じないような気がするのだが、そんな10代の君にも! どうしてRPGは気がついたらこうなっていたのか、たぶんこの記事を読めばわかる! かというと、わからないような気がする。というか、そもそも若者とRPGの話なんてする機会ないよな。ブログ書いてる人って基本的に大学生〜会社員なわけだし、コマンド選択式でスタンドアロンRPGというスタイルはすでに過去のものになりつつあると思う。

この記事は、元記事「映画を体系的に理解するための7作品」を読んで発作的に思いついた。今では反省している。なお、チョイスにあたっては元記事で選ばれている作品傾向に近いものを優先しつつ、個人的な趣味をさらに優先した。元記事のチョイスは「風と共に去りぬ」「用心棒」「2001年宇宙の旅」「ゴッドファーザー」「スターウォーズ」「パルプフィクション」「フォレストガンプ」であるので、そのあたりとのバランスはいちおう考えたんだ。アクションRPGやらシミュレーションRPGやらMMORPGをいれたら七つじゃ入らないのは分かってたんで、こういうカテゴライズになったんだぜ。
あと、同じ要素を持つ作品のなかでは、できるだけ発売年度の古いものを優先した。

たぶん、いまやってるRPGは、多かれ少なかれ、この辺の影響を受けて居るのだよと思う。あと入れたかったけど削ったのは「ローグ」と「マザー2」ぐらいかな。

コマンド式コンピュータRPGを体系的に理解するための7本の作品

1本目『ウィザードリィ』(1981年)

まずは古典にして完成されたゲーム。これ自体、今でも十分遊べるし、『世界樹の迷宮』や『ととモノ』『エルミナージュ』など後継者もいまなお沢山でている。『ローグ』を選ぶべきかなあ、と思ったけど元が集大成なので、じゃあ『ウィザードリィ』だなあ、と思ったわけであります。
狂王トレボーからの依頼で、大魔法使いワードナに奪われた護符を取り戻すため、自分で作ったエルフの魔法使いやらドワーフの戦士といったキャラクターでパーティーを編成して、10階層からなる3D視点のダンジョンに潜っていく。階層深くに潜るごとに強力な敵が出現して、多彩な攻撃をしかけてくる。テーブルトークRPGをそのまんまコンピューターゲームにした……という水準は大きく超えていて、パーティーの前衛後衛とか、宝箱の罠解除とか、ダンジョン内のイベントとか、ブレードオブカシナートとか、システムとして完成されてて、それでいて茶目っけもあって、あらゆる意味で完成された「ゲーム」。
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2本目『ドラゴンクエスト』(1986年)

ファミコン初のコマンド式RPG。「堀井雄二鳥山明すぎやまこういち中村光一」という、日本の偉人たちによるアメリカ的なRPGのアレンジ。もともとテーブルトークRPGというジャンルがなかった日本人に対してRPGというジャンルを焼き付けたゲーム。当時はRPGは桃太郎でもヘラクレスでも、なんでも「ドラクエのマネ」と言われたものだった。
ウィザードリィウルティマを足して割ったような、とは言われるけれど、鳥山明による「絵」とすぎやまこういちの「音楽」、堀井雄二の適度な暖かみをもった「世界観」、ずっと一対一にもかかわらず秀逸な戦闘バランス。あと、コマンドウィンドウのポップアップと階層表示など、後のRPGの基盤になった要素の数々がまとめられた作品でもある。
この時点では「ゲーム」の要素がまだ大きかったが、この時点ですでに「ストーリーゲーム」になる切っ掛けがちりばめられている。

3本目『ラストハルマゲドン』(1988年)

『その一瞬を迎える為、我々は歩み続けてきた。その道はどこへ続くのか』。人類滅亡後の世界でのモンスターとエイリアンの戦い。RPGのSFとの出会いとテーマの、よく言えば青年化、悪く言えば中二病の発症。ストーリーや設定の特異さもさることながら、従来仇役だったモンスターを味方キャラとして設定したことや、モンスターが成長すると進化したり、他のモンスターと合体するといった要素を導入したのも斬新だった。ほら、そういうゲームって、いっぱるあるでしょ。
この頃、まだRPGとしてのゲーム要素は強めにありながら、すでにストーリーや会話を読ませる、見せることに主眼が移りつつある。音楽も別にゆったりしたクラシックじゃなくたっていいでしょ。

4本目『ロマンシング サ・ガ』(1992年)

【ころしてでもうばいとる → な なにをする きさまらー!】。というのも、フリーシナリオだからこそできたことである。それまでのストーリーRPGに、ストーリー展開がかわるような選択肢なんてものはなかったのだ。ここからSFC時代。正直「ソードワールドPC」と悩んだものの、ロマサガの方が発売が早いし、売れた数も段違いなので、ここは素直にロマサガにしました。
フリーシナリオ制と複数の主人公それぞれに背景とストーリーがつくられ、会話によるイベントシーンが、むしろゲームの主体となっていく。ゲーム要素というのは、戦闘の一部にまとめられるような形。

5本目『天外魔境2』(1992年)

【我が道に敵なし】娯楽作品としての現代のRPGのひな形を作った作品。主要キャラすべてに声優が設定されていて喋ることや、主人公パーティーメンバーそれぞれの背景に設定されたトラウマや、それを乗り越えて精神的に成長していく姿を描く。下世話に猥雑に鬱エピソードやエログロを取りそろえつつ、王道物語としての長大な展開を無数のイベントで構成していくのも今と同じだ。
確かに戦闘とダンジョンという要素はあるけれど、キャラクターとストーリーを見せることが主眼になっている。単体でのプレイ時間は70時間を超えるだけでなく、前後の作品と共通のキャラクターがでてきたり、シリーズ通して遊んでないと分からないようなギャグがあったり、RPGのシリーズ化というのが成熟しつつある。
このあたりが王道RPGの絶頂時代で、キラータイトルといえばRPGな時代がこれから数年続くのだ。
グランディア』でもラップ役をやっている山口勝平氏の笑いが非常に格好いい。絹の声が全体的に小さくて素人っぽいのは仕様です。そのあたりに関する逸話を読むと面白いです。ちなみに卍丸さんが喋るのは「おかわり!」「我が道に敵なし!」の他は、ほぼこのシーンぐらいです。
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6本目『リンダキューブ』(1995年)

【彼女の中の100のケダモノ】変化球。大作RPGがドシドシとリリースされ続ける時代のなかにあって、RPGであることをネタにしたRPG桝田省治の天才の頂点は、これと『俺の屍を越えていけ』だと思う。短編三つからなるRPGです。スタイリッシュさとか、そういうものをRPGも持てるのだなあ。というそういう作品。このあたりで、SSとPS時代になる。
PCエンジンメガドラが機種としてこなれ、PSやSSによって表現力が格段にあがったことで、「静止画でつくった劣化アニメ」じゃなくて普通に「テレビアニメのようなアニメシーン」をゲームに組み込むことができるようになっていく。今じゃ、ゲームにレーティングがつくのは当然だけども、それまでエロゲーぐらいしか年齢制限のなかったゲームに対して、「本作は衝撃的な内容が含まれているため18禁です」と書かれたのは、PCエンジン版「リンダキューブ」が先駆け。
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7本目『グランディア』(1997年)

再度王道。【歴史に残る映画があるように、歴史に残るRPGがある】。ポリゴンで描かれた広大なダンジョンであるとか、戦闘での敵味方の配置や動きなどは、いまでもこの辺がベースになってる気がする。ドラクエ1からここまでが10年ちょいですぜ。
ダンジョンや街がポリゴンで描かれ、ぐりぐりと視点を回転させて建物の裏側やダンジョンの見えなかった部分を見ることができるようになった。
戦闘では敵、味方が入り乱れて殴り合い、一定範囲を対象とした魔法が飛び交う。アクティブバトル方式で、不慣れな魔法や技は発動に時間がかかるが熟練すると一瞬で発動するようになったり、それによって攻撃を受けた相手の行動が少し遅くなったり、敵の攻撃直前に攻撃を加えることで敵行動をキャンセルできたり、と戦闘要素が非常に現代的になった。
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