三月は深き紅の淵を(再読)

「麦の海に沈む果実」も読んだことだし、第四章「回転木馬」を読み直す。
「麦の海に〜」を読んでいたときにもうっすらと気がついていたが、
「麦の海に〜」と「回転木馬」は多くの共通点があるものの違う話だ。

共通点

二月の最後の日に転校してきた女の子は「水野理瀬」。
理瀬は自分の革のトランクを学園にくる途中の汽車で失う。
彼女のルームメートは「憂理」。
ファミリーには「聖」「黎二」「光湖」がいて、「麗子」は理瀬が学園に着いた時点で死んだことになっている。
理瀬は自室の天井裏に「三月は深き紅の淵を」という赤い表紙の本を見つけて、それを読む。
学園では行方不明になる生徒が大勢いる。薔薇園で人がしぬ。
聖の発案で碁石を使ったゲームをする。

相違点

設定上の相違

理瀬は自分の革のトランクを学園にくる途中の汽車で失う。
それはどちらの物語でも学園に入る前の理瀬の過去を象徴しているが、
「麦の海に〜」ではそれは盗まれてしまって、最終的に理瀬に戻ってくるが、
回転木馬」では理瀬は自分でそれを必要ないものだと思って、
半ば意図的に置き忘れてきたことになっている。


「三月は深き紅の淵を」という本は、どちらの作品でも学園世界自体を記述した本だが、
「麦の海に沈む果実」に登場するそれは単なる退屈な内容の日記帳であり、
回転木馬」のそれは理瀬の周りに起こる出来事を記述していて理瀬はその本の
結末を読むことができない。


薔薇園の殺人に理瀬が遭遇するのは同じだが、
回転木馬」では理瀬は殺された少女の名前をしらない。
また、殺害方法も「回転木馬」ではナイフを使ったものになっている。
(「回転木馬」では麗子が薔薇園で行方不明になっていない)


聖が碁石を使ったゲームを発案するシーンは両方とも共通であり、
その後行われる質問には若干の差異があるものの、おおむね同じである。
最後に行われた質問は「この中に○○を殺した犯人がいる」であることも同じだが、
○○に当てはまる人物は異なる。

登場人物の相違

学園に着いた理瀬が会うのは「麦の海に〜」では校長であり「回転木馬」では教頭である。
前者は40代で女装した男性であり、後者は老人で黒いウサギの人形を机に置いている。
「麦の海に〜」では登場人物中でただ一人の大人である校長は、作品世界に対して大きな影響力がある「学園の王様」として描かれているが、「回転木馬」の教頭はそうではない。


回転木馬」ではヨハンは登場しない。


黎二は本好きで、どちらの作品でも図書館に秘密の場所を持っているが、
「麦の海に〜」の詩は「回転木馬」には登場しない。


回転木馬」の憂理は演劇をやっていない。
このため、理瀬が台本を読む場面もない。

結末の相違

回転木馬」では理瀬は黎二と学園を去る。
この世界では学園は燃え落ち、麗子と憂理は死に、「三月は深き紅の淵を」も燃える。
「麦の海に」では理瀬は学園を去るが、学園は残る。
麗子と黎二が死に、憂理は生き残り、「三月は深き紅の淵を」は残る。


そんなわけで、「回転木馬」の方が結末がすっきりしてるんだよなあ。
「よくできた話」になってしまっている、という欠点はあるものの。


ちなみにググッた場合、
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