黒と茶の幻想 (下)
- 作者: 恩田陸
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2006/04/14
- メディア: 文庫
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読了。わりとちゃんと着陸した。
「三月は深き紅の淵を」の第一章から予期していたより面白かった。
特に大きな事件が起こるわけでもなく、四人の登場人物が記憶に残る謎をお互いに歩きながら喋るというだけの物語なのに、こんなに面白いのは、恩田陸が事件を物語る力をもっぱら個別の登場人物それぞれの記憶を書くことに割いているからだと思う。
恩田陸は、記憶とか思い出を主要なテーマとして頻繁に取り上げているだけあって、本作中では記憶の薄まり方、忘れ方、それに伴って痛みやら恨みやらを薄れさせていったことを書いたり、逆にずっと忘れられない出来事を書いたり、そのバランスがよい。作中でも書かれているが、人間が記憶していることはその重要性には因らない、とオイラも思う。なぜか幼稚園に入る前に買い物に行ったときの、その帰り道の光景だけしっかりと覚えているし、何度かデジャヴを感じたこともあるし。
確かに作中では現在進行形の事件はほとんど起こらないのだが、最後の節子のエピソードなどは非常にショッキングな記憶で、登場人物が高校生くらいだったら、そこで話が終わってしまうと思う。だが、その後再び友人づきあいして、一緒に旅行をして、ああやっぱり彼の事を好きだったんだな、と思う、という心境にいたる、という40を目前にした登場人物の年齢の重ね方が描かれているのは、ここの所ライトノベルばっかり読んでたので新鮮だった。もっとも、恩田陸の書く中年男女はみんなピッと凛々しすぎて、もう少しくたびれていてもいいよな、と思ってしまう所もある。まー、恩田陸の書く男性はずっと少女漫画に出てくる高校生のようだったのが、本作では黒く沈殿した部分も書かれていて少しびっくりしたが。
作中で語られている、大切な人がいなくなるという出来事に慣れていく、という感覚も自分が高校生のころにはよく分からなかったが、最近では分かるような気がする。
非日常の方向へ降りてしまった高校生たちを書いた「球形の季節」から幾年、日常へ戻った大人たちの物語。「場所」の持つ力の話や、大きな木の力のようなことは、「六番目の小夜子」から脈々と伝わる恩田陸の世界観で、それを再確認できたのは嬉しい。