ベラヌールの渚にて

ベラヌール事件とハーゴン教団

 降伏したベラヌールに、ローレシアサマルトリア軍から講和条約の調印のため特使が派遣された。だが、彼は無事に帰ることができなかった。ベラヌールに入った彼は、その晩の内に毒殺されたのである。
 ベラヌールの司祭たちのなかでも、高位のものたちは冷静に世界情勢を見ていたが、階位の低い信徒たちは自分たちの島が戦場になったわけでもなかったため、敗戦を実感することができず、降伏した上層部を弱腰ととらえていた。彼らは引退していた前の大神官ハーゴンを担ぎ出し、講和の使者を殺し、ローレシアサマルトリア軍に対する徹底抗戦を訴えた。

 こうして、状況は国家間の対立から、ハーゴンを筆頭とした教団とローレシアサマルトリア軍の対立へと姿を変えることになったのである。とはいえ、ハーゴン自身はロンダルキア高原に隠居をして久しく、なによりも自らの研究に耽溺していたため、自分の教団内での立場の変化にすらあまり気がついていなかった節がある。
 実際、ハーゴンの教団の神官たちは、自らを「ハーゴンの使い」などと称したものの、ハーゴンと直に連絡を取り合うこともできず、最果ての島ザハンの教会に閉じこもったり、山奥の満月の塔に籠もり、海のなかの小島を神殿とするなど、極めて小規模な抵抗活動を行うことしかできなかった。
 彼らが唯一必死で抵抗したのは、小島の神殿をローレシアサマルトリア軍が急襲したときで、その時ですら神官たちが作り上げた戦闘機械のまえにローレシア軍に数名の死者がでただけだった。

ローレシアサマルトリア軍の世界制覇


 ローレシアサマルトリア軍はこれを一つ一つ、しらみつぶしに攻略していった。この過程で、彼らはかつてのベラヌールの植民地を自分たちの領域として確保していった。たとえば、ペルポイでは警察権を奪い取って牢獄の囚人たちを解放したり、テパの村を自らの植民地とすることで、原住民たちが一人に一着と定めていた織物「水の羽衣」を、不当な方法で複数着搾取したりしたことはそれから数百年がたった現在でも、ローレシアサマルトリア軍の非道を示す証拠として言い伝えられている。


 また、彼らはそれまで中立を保ってきた南海の王国デルコンダルにも軍を進め、国王のペットを打ち殺すなど乱暴狼藉をはたらいた上で、自らへの協力を要請した。デルコンダルには、ハーゴンの信徒たちが居るという噂があったために、ローレシアサマルトリア軍が強行な態度をとったという説もあり、実際デルコンダルハーゴンが召喚した異世界の魔物を見たという伝聞もあるが、真実かどうかは定かではない。


 こうして、ベラヌールの降伏からほどなく、ローレシアサマルトリアの遠征軍は世界全土を制覇した。彼らは世界の警察として、各地で残るモンスターやハーゴンの信徒たちを討ち滅ぼしたが、それでも彼らが満足することはなく、ハーゴン自身が住むロンダルキア高原への無謀な遠征を計画するに至った。

ロンダルキア高原

 ロンダルキアへの道は、ベラヌールの大神殿に隠された旅の扉を起点としていた。ベラヌールの神官たちは、この事実をひた隠しにしていたが、結果的にそれが命取りとなり、ローレシアサマルトリア軍による熾烈をきわまる弾圧を受けることになった。最終的には、大神殿自体がローレシアサマルトリア軍の本営として利用されるようになり、数多くの軍勢が大神殿を住居とするようになった。

 ローレシアサマルトリア軍はロンダルキアに進軍を開始したが、彼らの前に立ちはだかったのは「冬将軍」と呼ばれるほどのロンダルキア高原の寒さと、過酷さである。そこには一瞬で命を奪いさるブリザードが吹き荒れ、ロンダルキアにベースキャンプを築くだけでも遠征隊は何度となく全滅を繰り返した。

 それは、それまでの戦争とはまったく次元のことなる戦いだった。ベラヌールからロンダルキアまでの間に補給基地は全く存在せず、ゲリラ的に襲いかかってくるハーゴンの信徒たちの戦闘機械は改良された結果異様な堅さと殺傷能力を備え持っており、それを堪え忍んだとしても、ロンダルキアにベースキャンプを築くべく高原に出た瞬間に猛烈なブリザードの餌食となる。

 ただ、結果的にどうあれ、よく訓練されたローレシアサマルトリア軍は徐々に戦力をロンダルキア高原に送る事に成功するようになり、ベースキャンプには少数精鋭の兵士たちが集うようになった。そして、彼らはついに、ハーゴンの神殿を目指して最後の進撃を開始した。

ハーゴン神殿

 ハーゴン神殿での戦いがどのようなものであったのか、証言をするものは少ない。また、それは互いに矛盾し合い、整合性のとれないものになっている。これは、指揮官として同行していたローレシア王子のものでも、同様であり、彼と彼の副官だったサマルトリア軍司令官の見解ですら、数多くの不一致を見せている。そのため、この章は未確定の部分を多く含む。

 ハーゴンはすでに俗世間のことには全く興味を持たず、ローレシアサマルトリア軍が迫った時ですら、ただひたすら実験を繰り返していたらしい。このため、ハーゴン神殿に入った軍勢は、ハーゴンの作り上げた異世界との境界に入り込んだと考えられる。実際、多くのものがそこで幻や異様な光景を目にしている。

 とくに、ずっと極限状態に置かれていたローレシア軍の兵士たちには、この異様な状況下で我を失ったものが多く、自分が回りの時間よりも早く動いていると錯覚するもの、通常の力の数倍の力が出たと証言するものなどが続出した。実際、我を失ったように暴れ回った彼らの破壊衝動はすさまじく、貴重なハーゴンの実験結果や、異世界から連れてこられた大型生物などは次々と破壊され、打ち殺されていった。

 ハーゴンがいつ戦死したのかは、分かっていない。幻影に惑わされた兵士たちは、半死半生の状態に切り刻んだはずのハーゴンが何度となく復活する姿を目にしたと証言しているが、もちろん信頼にたる言説でないことは明らかである。それどころか、ハーゴンの死後、彼の実験装置から巨大な異世界生物が姿を現し、次々と兵士たちを殺戮していったというものもいるが、それももちろん、戦場における兵士の妄想に過ぎない。

 なぜなら、戦いが終わった後のハーゴンの神殿に、そのような巨大な死骸は発見されなかったのだから。

戦後


 ローレシアの王子は、世界全土を制覇し、最後の抵抗勢力と目されたハーゴンたちを一掃することに成功し、意気揚々とローレシアへ戻った。 彼にとって不幸だったのは、かつて竜王と戦ったロトの子孫が持っていた慎重さを、彼は持ち合わせていなかった所にある。あまりに多大な戦果をあげすぎた王子は警戒され、独断で戦線を広げたこともあって国内に主要な後援者を得ることができない状態になっていた。戦争から、わずか数年後に彼は追放同然に出奔し、その後の行方はようとして知れない。

 サマルトリアはそれと比べれば平穏であった。サマルトリア軍は弱兵だったため、ローレシアとくらべて兵士の損耗は激しかったが、王位継承に関する問題も少なく、戦後はムーンブルグの王女として擁立した娘を王子の后として迎え入れ、サマルトリア・ムーンブルグ二重王国を構成することに成功する。いささか王権の弱体な国家ではあったものの、すでに大きな外敵もなく、それから数百年の長きにわたって平穏な日々を過ごすこととなった。

 アレフガルドは国際的な地位を急落させ、数多くの国民がルプガナサマルトリアなど国外へと流出していった。しかも、その後起こった大災害によって、残った国土も壊滅的な打撃をうけ、ついには国家が消滅同様の状態になってしまう。

 ルプガナベラヌールはそれぞれ、かつての広大な植民地を失って地域の小国という地位に戻った。かつては植民地であったテパやベルポイ、ザハンなどは次々と宗主国のもとを離れていった。このため、確かに元はといえばローレシア軍の征服戦争であったものの、それが植民地解放のきっかけとなったという評価をする政治家もおり、各国間で微妙な問題となっている。

 ハーゴンの神殿はことごとく破壊され、ロンダルキア高原をその後訪れたものは皆無である。無数の実験結果は散逸し、そこで何が行われていたのか知るものはいない。ハーゴンとその信徒たちを失ったことで、各国間を繋ぐ旅の扉は、やがて修理することができずに失われていくことだろう。

 こうして、一つの伝説が終わった。