構想『涼宮ハルヒの絶句』

「涼宮はるひ」は十九歳。神戸大学文学部に通い、大学のSF研究会に所属するごく普通の女子大生である。
本が好きで引っ込み思案で眼鏡で、童顔で小柄で気弱で、そのくせ内心は強がりで負けず嫌いなオタク女子である。一人っ子。家の都合で転校が多かったせいもあって、友達が少なく、独り言が多く、彼氏は現在どころか中学以来ずっといない。

彼女が創幻推理文庫SF大賞応募作『涼宮ハルヒの絶句』を書き始めた翌日の早朝、彼女のマンションの扉を開けて十五歳の美少女「涼宮ハルヒ」がやってきた。それは、彼女の小説『涼宮ハルヒの絶句』の主人公だった。

扉を開けて

あたしは無言でお茶漬けを差し出した。「あ、あたしにこれを食えと!?」ハルヒが目を剥く。無理もない。彼女は美食家ではないが、大食いなのは確かなのだ。あたしがそう設定したのだから、間違いない。元気な娘は低血圧な自分と違って朝から食欲旺盛に違いないと思ったのだが、こんなことなら小食という設定にしておけば良かった。
「あとは食パンにマーガリン塗って食うか、バナナとかかなー。あ、お茶は適当に飲んでいいから」
「じょーだんじゃないわよっ! あたしは客よ!」
「単なる居候でしょうが。押し入れで寝ろと言われないだけ幸いだと思いなさい」
ぐっ。ハルヒが怒鳴り声を飲み込んだ音が聞こえるかのようだった。あたしをにらみつけたまま、ハルヒは神速の動きでテーブルの上からバナナを奪い取ると怒りをぶつけるかのようにがつがつと食べ始めた。さすがにあたしだって、四年も前の自分に負けたりはしない。しかも、ここはあたしの家であり、あたしの世界なのだから。
バナナを三本一気に食べて、ひとまず怒りが収まったのか、ハルヒがぽつりとつぶやいた。
「……なんで、あたしだけなの? キョンやみくるちゃんは?」
「さぁ?」
どっちかというと、あなたがそこにいることの方が不思議な気がするんだけど。あたしは首をひねった。ハルヒなら……もし、あたしでなく「ハルヒ」が小説を書いていたのなら、こういうことが起きてもおかしくはない。物語の登場人物を現実世界に出現させることなど、彼女にとっては造作もないことだろう。「神は万能である。ゆえに神は実在することができる」とか、莫迦なことをあたしに教えたのは、たしか高校三年の時の世界史教師だ。まさか……ね?
ふと、彼女は知らないんだ、と気がついた。「ハルヒ」は自分に何ができるのかを知らない。なぜなら、あたしがそう決めたからだ。もし、あたしがハルヒに、それを教えたら……どうなるのだろうか?
「どうしたのよ、ぼーっとして」
「もうすぐ一限だから、学校行ってくる」
「ちょ、ちょっと待って、あんた、何考えてるのよ! あたしはどうなるの!?」
とはいっても、大学につれていくわけにもいかないし、ハルヒが通っている設定の学校に、ハルヒの席はないだろう。ないはずだ。たぶん、ない。こんど、心に余裕があるときに調べてみることにしよう。この娘のことだから、自分の居場所まで一気に生成していても不思議ではない。ただ、それはまた今度、もうちょっと余裕がでてきてからだ。今は大人しくしていてもらおう。あたしはしばらく迷ったあげく、本棚から適当にSF小説を一冊ぬきとって、ハルヒに渡した。
「これでも読んでて」
「なんで!?」
「長くて読み応えがあるから、たぶんあたしが帰ってくるまで読み終わらない。あと、ユニークだからきっと気に入ると思う」
ハルヒはしばらくの間あたしをにらみつけていたが、もぎとるようにあたしの手からハードカバー本を奪い取ると、どすんと音をたててソファに座り込んだ。
「家にある物は、勝手に使わせてもらうからね。パソコンでインターネットに繋いでもいいわよね?」
「了承」
人差し指をたてて言った、この生みの親に向かって、ハルヒは思いっきりアヒル口になって言った。
「このオタク!」


「じゃ、行ってくるから。大人しくしててね」
「遅くなるときは連絡しなさいよ! しなかったら、死刑だからね!」
そして、あたしはまるで気がついていなかった。背後でハルヒが開いた頁から、あたしの見たことのない栞が、はらりと落ちたことに。そして、涼宮ハルヒは家で大人しく転がってSF小説を読んでいるタマではないことに。

いつか猫になる日まで

そして、ハルヒに続いて次々と実体化してく『絶句』世界のキャラクターたち、やがて現実世界も徐々に『絶句』の世界と融合していく。超越者としてのを自覚したはるひに対する統合思念体の干渉、超能力者たちの反乱の末に、完成へと向かうSF小説『絶句』。しかし、それが融合した世界の終わりの始まりだった。

二分割幽霊奇譚

あたしの書く小説『絶句』での最後の登場シーンを過ぎると、『絶句』世界のキャラクターたちは現実世界から消えていくのだ。鶴屋が消え、古泉との連絡もつかなくなったとき、長門とあたしがそれに気がついた。すでに「出番」を終えた統合思念体はとうの昔に消えていた。だけど、そのときには、もう残るページは十数ページしか残っていなかった。

(まー、そんな感じ。中略)

おしまいの日

「最後に、ひとめあなたに会いたかった」
最後に残ったハルヒがあたしの手をとってそう言った。いつも元気が有り余っていた瞳に、今は力がない。
それでもあたしは、その一文を書かなければならない。この物語を閉じるために。
ハルヒの、ではなく、あたしの日々を生きるために。
「さよなら、あたしの中の…… あたし。
 あなたにここにいて欲しかったけど、これでお別れなんだね」

この物語はフィクションであり、実在する人物・団体・事件とはまったく関係ありません。

あとがき

えっと、あとがきです。
涼宮ハルヒの絶句』は創幻推理文庫SF大賞を受賞。めでたく、あたしの一冊目の本として出版されることになりました。

その発表会の夜、マンションのベランダの空に、籠から解き放たれた二匹の蛍がゆったりと円を描くように舞っていた。
いまはもういないハルヒがつけた蛍の名は、チグリスとユーフラテス。始まりの名前を持つ蛍。

ハルヒ。親愛なる莫迦な、もう一人のあたし。いまは、もういないあたし。
でも、あたしのなかには、まだあなたの冒険がいっぱい残っている。「ぼうけん、でしょ」と笑うあなたの顔を、あたしはすぐにでも目に浮かべることができる。あたしはもうじき二作目について編集者の人と打ち合わせをして、いま胸にあるこの物語のことを話すだろう。あなたの新しい冒険を。
ハルヒ。もしもご縁がありましたら、いつの日か、またお目にかかりましょう――。



……というようなアイデアを持ってる人は多いんだろうなあ。

途中で『二次創作』に変えたのは、「涼宮はるひ」のアイコンに適当なのがあるかなあ、と妙な心配をしたから。春雨苺さんのOSC_0018_0001.bmpか、それも私ださんのOSC_0000_3177.bmpかな? 眼鏡で年齢がそこそこ高そうで、変にファンタジーっぽくなくて気が弱そうなのは。
オリサポ画像パックは、もう少し細かい分類でhtmlを分けてくれると検索しやすいんだけどなあ。『女性(若年)−眼鏡』とか、『女性(若年)−強気』とか『女性(若年)−弱気』とか『女性(若年)−狂気』とか。こういう分類は主観混じるから難しいのはよくわかるんだけど。