人工衛星かぐやの憂鬱

恒星間移民船というものの存在を、いくつぐらいまで信じていたか、と言われれば、恥ずかしい話だが、俺は中学を卒業するくらいまで、自分が大人になるころには、ばかでかい宇宙船が、街一つぶん位の人間を乗せて、他の恒星系まで出かけていくことになると半ば本気で思っていた。
それが実際には実現しない嘘っぱちだと分かったのは、去年の秋にクラスメートの半分、いや、四分の三が「神舟七号の宇宙遊泳はなかった」という説を笑い話にしなかった時のことだった。
別に、みんなの宇宙についての知識のなさに絶望したのが原因じゃない。俺がショックを受けたのは、クラスメートの半分は「エコ」とか「プロ野球」とか「サブプライム問題」とか「スイーツ(笑)」といったテレビで放送される範囲の話題に、テレビで放送される範囲でしか興味がなく、残りの三分の二はテレビのことは無視していたが、周囲のことも概ね無視していて、自分の彼女や自分の銀行の普通預金額にしか興味がなく、最後の残りの三分の一は萌えとエロにしか興味がない状態なことに気がついたのだ。
ガキの頃にすり込まれた「宇宙への夢」なんてモノを後生大事に抱え込んでいたのは、回りを見渡したら俺だけになっていた。しかも冷静に見て、宇宙に関する明るいニュースは何一つなかった。不安定な国際経済の情勢に、遅遅として進まない数々の計画、宇宙についての感心は年々失われ、いつの間にか地球温暖化への対応が世界の最優先課題ということになってしまった。

だから、俺はあっけなく、宇宙船とか人工衛星のことは忘れることにした。そんなもの追っかけていても、彼女の一つもできやしない。人生というものは、もっと有意義なことに使うべきだ。
と、いったところで、何か有意義な目標があるわけでもなく、俺はクラスメートの自己紹介を聞き流しながら、ぼーっと窓の外を見ていた。雲一つない空が遠かった。

「普通の静止軌道には興味ありません。このクラスに第二宇宙速度や第三宇宙速度スイングバイをする人工衛星が居たら、あたしの所に来なさい。以上!」

俺の後ろの席で、そいつは一息でそう言った。
俺の腐った脳みそがそいつの喋った内容を把握するまで、ゆうに十秒は掛かったと思う。それでも、その間教室はしんと静まりかえっていた。おそらく、誰もがその発言の意味を理解しあぐねていたのだと思う。
俺がゆっくりと、恐々と、振り返ると、そこにすごい美人が憮然とした表情で立っていた。それが、俺と月を目指す人工衛星、かぐやの出会いだった。

ねとらぼ:「かぐや」萌えキャラ化 JAXAサイトでイラスト公開 - ITmedia News