秒速5センチメートル

秒速5センチメートル 通常版 [DVD]

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新海誠の作ったアニメは「雲の向こう約束の場所」のときから苦手感があったが、なぜ苦手なのか分かったような気がする。新海誠の作品の主人公は「一見繊細で誠実そうで誰にも優しいようで、実はそうでもない」わけで、その点までは恩田陸の描く男性キャラクターに似ているのだが、恩田陸作品の登場人物が割と自分が「たいして誠実でも人にやさしくもなく、どちらかというと他人と距離を取りたい性格をしている」ことを自覚しているのに対して、あまりにも自分が悪いことに無自覚でありつつも、「俺はこんなに頑張っているのに、どうして全然幸せになれないんだ」と惨めったらしく言うのが共感できないのだ。

「お前、当事者だろ! お前のせいで、みんなこんな風になったんだぞ。それなのに、人に戦わせておいて、自分は一人だけ逃げようとするなんて卑怯だぞ!」と、しんちゃんに言ってもらいたい。

まあ、その滑稽さをいとおしさをこめて観ることが、当作品の一つの主題なのだと思うが。やっぱり苦手な作風だった。ただし、空の広い絵の構図が多くて、動く絵の見応えは良かったと思う。

最終話が2008年3月の桜を舞台にしているのが、タイムリーな感じだった。でも、あまりにも自分の過ごしてきた時間と同じ時期が流れていくためか、時代考証がおかしいように感じる場所多数。俺が小学校のころには、ベックスとかスターバックスはなかったし、駅構内の様子も電車の形もあんなじゃなかったと思う。
1999年のリンドバーグは微妙。確かにあったかもしれないが、当時すでに懐メロだったような気がしないでもない。

追記;「あなたはきっと、大丈夫」

そのあと、「ほしのこえ」を見てから再度「秒速5センチメートル」を見る機会があって、ちょっと評価が変わった。
第一話にある「あなたはきっと、大丈夫」という、中学生だったあかりちゃんの言葉は、ついに主人公に届かないのだけれど、その言葉はたぶん中学生の主人公に向かってじゃなく、いろいろなものを全部失った現在の主人公に向かって投げかけられた言葉なんだ。正直、最初に見たときにはあの手紙に書かれた言葉の意味がよくわからなかったのだけれど、そう解釈すると物語のつじつまが合う。
ほしのこえ」で、中学生のままのヒロインのメールが、すっかり大人になった主人公の手元に届くように、あの言葉は大人になった主人公に向けられた言葉なんだ。「ほしのこえ」は、それがSFを題材にしたこともあって、中学生のヒロインと大人になった主人公間でのメッセージのやりとりが、非常に甘く、甘く感じられてしまったのだけれど、「秒速5センチメートル」では、主人公の苦い現在の日々を結末に置いたことで、最初のメッセージの意図を正しく読み取ることができなかった。と反省した。
僕が大好きな漫画作品「ランドリオール」のなかで、主人公は最初に初恋の人を、自分のした決断によって失い、それ以降ずっとからっぽのまま日々を送っていくのだけれど、そのうちにふと主人公にかけられた「あなたはからっぽなんかじゃない、ただ満ちていくのを待っているだけ」という台詞にじーんと、きたのだけれど、この作品の最初の一言「あなたはきっと、大丈夫」というのは、たぶん、そういうことだと思う。中学生のときの、ひとときの邂逅に満ち足りた気分になった主人公ではなくて、大人になって多くの人たちと別れてしまって、たぶんあかりにも一生会わないであろう主人公に向けられた言葉なんじゃないか。

初見のときには、たぶん「One more time,One more chance」の歌詞に引きずられたんだ。たぶん、彼は路地裏の窓にも、交差点でも夢の中でも、明け方の桜木町でも、「きみ」を見つけることはできないだろうけれど、それでもきっと「あなたはきっと、大丈夫」なのだ。