ペルソナ4の後日譚を書きたい・・・・・

完成版:http://d.hatena.ne.jp/moons/20100223/1266508215


2012年の4月。番長が去っていって二十日あまり。

何事もなかったように学校が始まって、三年生になったチエちゃんが、「番長って料理うまかったなあ」とか思いながら、ぼーっと学校の屋上で一人、総菜大学で買ってきたカツサンドを無心にほおばっている。そんな昼休みの情景。

番長とのメールのやりとりに一喜一憂している幸せそうな雪子を「あー、そうなんだ。よかったじゃん」と軽く嫉妬の目でみたりして日々を過ごしながら。

番長と雪子が付き合っているのは、トクベツ捜査班の中では公然のヒミツ、という奴だった。一応、リーダーがメンバーの中の誰かのカレシをやってるのは、戦闘中のとっさの判断とかで、他のメンバーに良くない影響を与えるということなので、表向きは内緒ということになっていたけど、実際にはみんな知っていた。

「な、なんでみんな知ってるんすか!」「まあ、初歩的な推論というか、情報を総合すれば」「えー! むしろ気づいてなかったの? 完二にぶーい。だって、見てればわかるじゃん」「俺はほら、最初っから天城狙いだって聞いてたし」「あたしは……雪子から聞いてたな」というのは、本当の所は嘘っぱちで、実際にはチエちゃんは見事に玉砕してフラれてから、あー、あれはそういうことだったかと気がついたのだった。

雪子はおかしい。というか、一緒にいるのが辛い。今日はあんなメールがあって、ゴールデンウィークには会う約束をしていて。とても幸せそうなのだけども、別に他人に言うことじゃないだろう。とは思うのだが、どうやら雪子はチエの賞賛の言葉というか、羨望のまなざしというか、そういうものが欲しいのだ。たぶん、本人はそこまで具体的には考えてないんだろうけど、自分のことには周りが関心を払わないわけがないと、雪子は心のどこかで思っている。
……なんだこのお姫様思考は。基本的に庶民なチエちゃんとしてはクラクラとする。雪子は自分のシャドウと直面してから、引っ込み思案な所はかなり良くなった。そこは良くなったのだが、なぜかお姫様思考は悪化してる気がする。雪子といると、自分がなんかステーキの添え物のポテトか人参か、ヘタをするとパセリあたりなんじゃないかと思うことがある。

放課後。
「ねえねえ、千枝。花村君、なんだか魂が抜けてない?」
クラスの後ろでだべっていた女の子たちが指さす。花村は確かにぼーっとしていた。視線がどっか遠くの方をむいてて、どこ見てるんだかよくわからない。そういえば、三年になってもう一週間たつのに、チエちゃんは花村と話した覚えがなかった。

あれ? 花村って、よく話してなかったっけ? 花村は探索の最中によくバステになったり、瀕死になったりするので、よく助けてあげたような気がする。

まー、仕方ないか。花村も、番長とクマが居なくなったら、他に親しい友達がいるでもないわけだし。まあ完二は舎弟みたいなもんだけど、あれはあれで、いつも元アイドルと女子高生探偵という濃い女の子二人を侍らして小番長みたいな雰囲気出してるし。

「おーい。花村、花村ー? あんた、だいじょうぶ?」「……なにが?」「四月になってから、目が死んでない?」
虚脱状態に陥って目が死んでいる花村。ちょっと最近、雪子と一緒に帰るのが辛いように感じてたので、花村を連れ出すことにした。


帰り道。鮫川の河原を歩きながら、花村はぽつぽつと話だした。

「なんていうかさ。最近、俺って、もう終わっちゃったんじゃないかと思うんだよな」
「終わったって、何が?」
「俺が」
花村は笑いもせずに言った。
「俺って、もう終わった人なんじゃないかな、って、最近よく思うんだ」

「俺の生きてるなかで、たぶん一番良かった時期って、去年の一年だったような気がするんだよな。たぶん、何十年かたって、よぼよぼの爺さんになって、こうして鮫川の河原を歩いたときに何を思い出すかっていえば去年のことなんじゃないかなあ」
「……」
「里中はどうなんだよ? 俺はこの町が好きだけどさ。これからずっと、この田舎でさ。あれ以上の何かが、この先にあると思うか?」
「たぶん、高校でたら、俺はそのまんまジュネスに就職してさ。オヤジのコネもあるから、まあそこそこ出世して、まあ、適当なところで嫁さんもらって、あとは死ぬまでこの町で、そこそこの生活をするんだろうな」
「そのうち、きっと去年のことは、夢だったと思うようになるんだ。もちろん、今は大丈夫さ。来年もたぶん大丈夫だ。だけど、里中。俺は思うんだけどさ。五年たって、十年たって、二十年たって…… 俺が腹の出たオヤジになって、お前がしわだらけのオバサンになった頃には、きっと高校のときには、莫迦なことばっかり思ってたな、って、そんな風に思うようになるんだ」
「んでもって、死ぬ前にさ。最後にこの河原に来て、あのときが一番よかったって思い出すのは、きっとあのときのことなんだ」
「だから、俺はもう終わった人なんだと、最近よく思うんだ」
「里中は、そう思わないか?」

千枝は無言で花村を殴り倒した。

「ばかっ!」
「いてて…… おまえ、本当に手加減とか、そういうのないのな……」
花村はそこまでいって目を白黒させた。
「そうじゃないって! そうじゃないんだって! あたしたちが一年かけてたどり着いたのは、そんな結論じゃないって! そう思ったのは、ついこないだのことじゃん! 花村は、違うのっ!?」
千枝ちゃんはぽろぽろと泣いていた。自分を押しとどめることができない。おかしい。
あたしは、こんな奴じゃないのに。どんなときにも、あたしは笑ってる奴なんだと思ってたのに。泣いてるのは雪子やりせちゃんの役割で、真剣に怒るのは直斗くんの役割で、どんな深刻なピンチでも、あたしは笑ってしまう役なんだと思ってた。だけど、番長クンがいないと、あたしはこんなに弱い。
「ばかっ!」
「わ、悪かったよ。すまん、一方的に俺の不安を言いすぎた」
「だから、違うのっ!」
花村は本当に頼りない。頼りないけど……
「悪い。俺はこういう役じゃないのにな。つい、相棒がいないと、気弱になっちまって…… それをはき出す相手がいないんだ」
きっと、あたしと花村は、よく似ている。別に他の誰でもいいんだ。でも、胸の奥のモヤモヤしたものを、はき出す相手を探しているんだ。
「ちょっとだけ、胸貸して!」
千枝ちゃんは自分で殴り倒した花村の胸に顔を埋めて、ワンワンと泣いた。
たぶん、花村も自分も、雪子みたいに自分だけを見てくれる恋人を求めているわけじゃない。ただ、自分と一緒に歩いてくれる相棒を、自分が辛いときに支えてくれる相手を求めて居るんだ。

釣りに来ている爺さんが、鼻歌歌って帰らなければ、日が暮れても千枝ちゃんは泣いていたし、花村は困っていただろう。

「ほら花村、帰るよ。乗せてって」
「……自転車、なおしたばっかなんだけど」
「だから乗せてみなさいって言ってるの。どうせ、また三日でぶっ壊すんだから」

そうして、千枝ちゃんは花村の自転車の後ろに乗って、鮫川の河川敷を自宅へ向かっていったのでした。