Other Two (ペルソナ4・後日譚)

2012年の4月。番長が去っていって二十日あまり。

まるで春休みに何事もなかったように学校は始まった。三年生になった千枝は、「番長って料理うまかったなあ」とか思いながら、ぼーっと学校の屋上で一人、総菜大学で買ってきたカツサンドを無心にほおばっている。そんな昼休み。桜はもうすっかり散って、ちらほらと花びらが残るだけ。たまに吹く川風は冷たくて、雲がすごい勢いで遠ざかっていく。

屋上でご飯を食べるにはまだ寒いけれど、千枝としては教室に昼休み中居るのはなんか気分が重たい。番長とのメールのやりとりに一喜一憂している幸せそうな雪子をつい、「あー、そうなんだ。よかったじゃん。あはは」と軽く嫉妬の目でみてしまう。

番長と雪子が付き合っているのは、特別捜査班の中では公然のヒミツ、という奴だった。たぶん、堂島さんあたりまでは知ってるんだと思う。ちっちゃな町だし。
一応、リーダーがメンバーの中の誰かのカレシをやってるのは、戦闘中のとっさの判断とかで、他のメンバーに良くない影響を与えるということなので、表向きは内緒ということになっていたけど、実際にはほとんどみんなが知っていた。

「な、なんでみんな知ってるんすか!」「まあ、初歩的な推論というか、情報を総合すれば」「えー! むしろ気づいてなかったの? 完二にぶーい。だって、それぐらい見てればわかるじゃん」「俺はほら、最初っから天城狙いだって聞いてたし」「あたしは……雪子から聞いてたな」というのは、本当の所は嘘っぱちで、実際には千枝は見事に玉砕してフラれてから、あー、あれはそういうことだったかと気がついたのだった。

番長が去って以来、雪子はそれを隠さなくなった。
そんなわけで、フラれものの千枝としては、雪子と一緒にいるのが辛い。今日はあんなメールがあって、ゴールデンウィークには会う約束をしていて。とても幸せそうなのだけども、別に他人に言うことじゃないだろう。とは思うのだが、どうやら雪子はチエの賞賛の言葉というか、羨望のまなざしというか、そういうものが欲しいのだ。
雪子は千枝が番長にフラれたことは知らないし、おそらく千枝の好意すら気づいていないだろうから、意図的に嫌がらせをしてるワケじゃないのは千枝にも分かる。
ただ、たぶん、本人はそこまで具体的には考えてないんだろうけど、自分のことには周りが関心を払わないわけがないと、雪子は心のどこかで思っているのだ。
……なんだこのお姫様思考は。基本的に庶民なチエちゃんとしてはクラクラとする。雪子は自分のシャドウと直面してから、自分の殻に閉じこもる所はかなり良くなった。そこは良くなったのだが、なぜかお姫様思考は悪化してる気がする。雪子といると、自分がなんかステーキの添え物のポテトか人参か、ヘタをするとパセリあたりなんじゃないかと思うことがある。

放課後。
「ねえねえ、千枝。花村君、なんだかこのごろ魂が抜けてない?」
クラスの後ろでだべっていた女の子たちが指さす。
どれどれ、と千枝が見てみると、花村は確かにぼーっとしていた。一件窓の外を見てるようで、視線がどっか遠くの方をむいてる。どこ見てるんだかよくわからない。そういえば、三年になってもう一週間たつのに、千枝は花村と話した覚えがなかった。

あれ? 花村って、特別捜査本部のメンバーのなかでは、比較的よく話してなかったっけ? 花村は男のくせに貧弱で、探索の最中によく瀕死になったりする頼りないやつだったから、なんども助けてあげたハズなのに。

まー、仕方ないか。花村も、番長とクマが居なくなったら、他に親しい友達がいるでもないわけだし。まあ完二は舎弟みたいなもんだけど、あれはあれで、いつも元アイドルと女子高生探偵という濃い女の子二人を侍らして小番長みたいな雰囲気出してるし。

「おーい。花村、花村ー? あんた、だいじょうぶ?」「……なにが?」「四月になってから、目が死んでない?」
虚脱状態に陥って目が死んでいる花村。ちょっと最近、雪子と一緒に帰るのが辛いように感じてたので、花村を連れ出すことにした。


帰り道。鮫川の河原を歩きながら、花村はぽつぽつと話だした。その手には、一年ぶりに修理した花村の自転車。

「なんていうかさ。最近、俺って、もう終わっちゃったんじゃないかと思うんだよな」
「終わったって、何が?」
「俺が」
花村は笑いもせずに言った。
「俺って、もう終わった人なんじゃないかな、って、最近よく思うんだ」

「俺の生きてるなかで、たぶん一番良かった時期って、去年の一年だったような気がするんだよな。たぶん、何十年かたって、よぼよぼの爺さんになって、こうして鮫川の河原を歩いたときに何を思い出すかっていえば去年のことなんじゃないかなあ」
「……」
「里中はどうなんだよ? 俺はこの町が好きだけどさ。これからずっと、この田舎でさ。あれ以上の何かが、この先にあると思うか?」
「たぶん、高校でたら、俺はそのまんまジュネスに就職してさ。オヤジのコネもあるから、まあそこそこ出世して、まあ、適当なところで嫁さんもらって、あとは死ぬまでこの町で、そこそこの生活をするんだろうな」
「そのうち、きっと去年のことは、夢だったと思うようになるんだ。もちろん、今は大丈夫さ。来年もたぶん大丈夫だ。だけど、里中。俺は思うんだけどさ。五年たって、十年たって、二十年たって…… 俺が腹の出たオヤジになって、お前がしわだらけのオバサンになった頃には、きっと高校のときには、莫迦なことばっかり思ってたな、って、あの一連の出来事はみんな夢か何かだって、そんな風に思うようになるんだ」
「んでもって、死ぬ前にさ。すっかり惚けて、最後にこの河原に来て、あのときが一番よかったって思い出すのは、きっとあのときのことなんだ」
「だから、俺はもう終わった人なんだと、最近よく思うんだ」
「里中は、そう思わないか?」

千枝は無言で花村を殴り倒した。

「ばかっ!」
「いてて…… おまえ、本当に手加減とか、そういうのないのな……」
花村はそこまでいって目を白黒させた。
「そうじゃないって! そうじゃないんだって! あたしたちが一年かけてたどり着いたのは、そんな結論じゃないって! そう思ったのは、ついこないだのことじゃん! 花村は、違うのっ!?」
千枝ちゃんはぽろぽろと泣いていた。自分を押しとどめることができない。おかしい。
あたしは、こんな奴じゃないのに。どんなときにも、あたしは笑ってる奴なんだと思ってたのに。泣いてるのは雪子やりせちゃんの役割で、真剣に怒るのは直斗くんの役割で、どんな深刻なピンチでも、あたしは笑ってしまう役なんだと思ってた。だけど、番長クンがいないと、あたしはこんなに弱い。
「ばかっ!」
「わ、悪かったよ。すまん、一方的に俺の不安を言いすぎた」
「だから、違うのっ!」
花村は本当に頼りない。頼りないけど……
「悪い。俺はこういう役じゃないのにな。つい、相棒がいないと、気弱になっちまって…… それをはき出す相手がいないんだ」
きっと、あたしと花村は、よく似ている。
「ちょっとだけ、胸貸して!」
千枝ちゃんは自分で殴り倒した花村の胸に顔を埋めて、ワンワンと泣いた。
たぶん、花村も自分も、雪子みたいに自分だけを見てくれる恋人を求めているわけじゃない。ただ、自分と一緒に歩いてくれる相棒を、自分が辛いときに支えてくれる相手を求めて居るんだ。

釣りに来ている爺さんが、鼻歌歌って帰らなければ、日が暮れても千枝ちゃんは泣いていたし、花村はそれえを抱き寄せるでもなく、はねのけるわけでもなく、ただ困っていただろう。

「ほら花村、帰るよ。乗せてって」
千枝ちゃんは鼻をぐすっと鳴らしたけども、もう泣いてはいなかった。
「……自転車、やっと修理したばっかなんだけど」
「だから乗せてみなさいって言ってるの。どうせ、また三日でぶっ壊すんだから」

そうして、千枝ちゃんは花村の自転車の後ろに乗って、鮫川の河川敷を自宅へ向かっていったのでした。
花村の背中が、意外に大きいな。とおもいながら。


(注意書き)

当SSは自分のゲームデータを基にしております。
10月ぐらいに主人公と雪子さんはつきあい始め、千枝ちゃんと11月ぐらいにコミュレベル9になったんだけど結局友達関係を維持して、トゥルーエンドを迎えた感じ。

最終パーティーは主人公、雪子、千枝、花村。ラスボスの全体攻撃で一同が瀕死になったときも、りせがかならず「花村先輩、大丈夫?」と聞くのが強く印象に残ってます。

バッドエンドルートだけど、終盤の病院で揉めた時に「花村!」「里中!」と苗字で呼び合う二人の距離感が良かったです。
次は一年生ぐみだー。