スパイラル―推理の絆 13〜15
- 作者: 城平京
- 出版社/メーカー: スクウェア・エニックス
- 発売日: 2006/01/21
- メディア: コミック
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主人公が「ここは、グリーンウッド」の蓮川のようだと思ったのは、9巻くらいからだった。ひよりは瞬。
うわあ。なんというか、なんといっていいのか。ほんとうに、なんといっていいか。
ここまでメタメタに終わるのもすごいなあ。
以下ネタバレあり。
各登場人物のオチがひどかったけど、それよりも、火澄編以降続く、
デスノートの最終回でいうところの、
「笑うな、まだ笑うんじゃない」 → 「笑わなかったから、俺の勝ちだ」
という展開はどうにかならなかったのか。なぜ、単に我慢大会で勝てば勝ちなのか。そら、
「笑うな、まだ笑うんじゃない」 → 「一秒前に勝利宣言をしてやる」 → 「ジョバンニが一晩でやってくれました」
がいい終わり方だったおは思わないが、それはただ何もしなかっただけじゃないか。
序盤からリオ編ぐらいまでは個々のエピソードが面白く、上り調子で、カノン編あたりで雲行きが怪しくなってきたもののシリーズとしては絶頂期を迎え、その後は一気にめためたな火澄編になってしまった。そして、めためたな期間が長かったのが、読後感の悪さに繋がってると思う。なんだろうなあ。「ななか 6/17」も、第二部になってから結構めためた期間が長かったけど、それでもななかの墓参り編とか面白いエピソードもそこそこあったのになあ。
火澄編は表向きなんの事件もなく、なんか机上の空論ばっかりで、実体が隠されたままになってる設定が大きいのが悪いのかなあ。空回りし続けていた気がするのだよ。あと、同じような会話が繰り返されるのも痛かったなあ。自分で作った設定を自分で次々と崩していって、それを「どーだ、すげえだろう」とアピールするのはBLEACH病の一種だよなあ。予想を裏切る展開、というのは、予想を上回ったときにだけ価値があるのであって、予想以下の展開をするのは予想を裏切るとは言わないと思うの。
思うに、リオ編あたりでブレチルたちに人気がですぎたのと、作者がリオを気に入ったせいで、リオ編のあとの話の持って行き方を誤ったんだと思う。もっと序盤のように、登場人物をあっさり殺していけばこんなことにはならんかったのではなかろーか。
ああ、「まほらば」の終盤ってやっぱりすごかったなあ。
というわけで、次の漫画を楽しみにしよう。さばさば、と。